- 映画 『 ザッツ・エンタテインメント 』 〜午前十時の映画祭 Series2
-
2012.05.19 Saturday
MGMミュージカル200作品から75作品の名場面だけを厳選、フランク・シナトラ、ジーン・ケリー、ミッキー・ルーニー、フレッド・アステア、ビング・クロスビー、エリザベス・テイラー、ジェームズ・スチュアートら11人の大スターのナレーションによって、総勢125人の至芸が紹介されていく。
さて、震災での上映延期などアクシデントに見舞われて、去年の夏以来途切れてしまった感のある『午前十時の映画祭』。
実はまだ100本完遂の意志は折れていない。
少なくともスケジュール的には完遂の余地は残している。
みゆき座で夜の上映もあるので、しばらくは日比谷に足を延ばすことになるだろう。
その日比谷について4/24付けの「日めくり」で以下のことを書いているので引用してみる。
もう考えるのも億劫なくらい、本当に久々に日比谷の映画街で映画を観た。
少なくとも仕事帰りに日比谷に寄るなど二十数年ぶりのことではあるまいか。
『ザッツ・エンタティメント』は往年のMGMミュージカルを蘇らせるのだが、
この映画そのものも公開されて、そろそろ40年近くが過ぎる。
フレッド・アステアとエレノア・パウエルのタップシーンは今見ても十分に凄く、
そしてジーン・ケリー、ジュディ・ガーランド、フランク・シナトラが躍動する。
彼らのリアルタイムを日比谷の街は当然知っていると思うのだが、
有楽座もスカラ座もみゆき座も名前だけを残し、すっかりと様変わりしてしまった。
彼らのリアルタイムを日比谷の街は当然知っていると思うのだが、
何故、久々に訪れる街は昔の面影を留めてくれていないのだろう。
『ザッツ・エンタティメント』は松竹系のピカデリーでの封切りだったので、
この東宝王国ともいうべき日比谷では上映されなかったのだろうが、
MGM全盛の時代はどうだったのだろう。
少なくとも今も昔も日比谷は東京宝塚劇場、日生劇場も擁するショービジネスの中心地であることには間違いなく、ここで『ザッツ・エンタティメント』を観ることにはある種の感慨がある。
もちろん、かつて独立していた超大作の有楽座、文芸作品のスカラ座、女性映画のみゆき座がシネコン化してしまった「時代」というものを噛みしめてのことなのだが・・・。
このアンソロジー映画が製作されたのが1974年で、日本公開は1975年。
封切られたときの反響はよく憶えている。
とくに『雨に唄えば』のジーン・ケリーや『水着の女王』のエスター・ウィリアムスの演技は繰り返しTVスポットで放映されて、「うわ、すごいな」とは思っていた。
結局、未見のままになってしまったのは、最大の見せ場をスポットで観てしまったことで、すでに観たような気になってしまったことと、MGMミュージカルへの回顧への興味がまだ中学生では熟成に至っていなかったということだろう。
結局、『雨に唄えば』 『イースター☆パレード』 『バンドワゴン』 『踊る海賊』をリバイバルで観たのは成人になってからで、今更、こんな話をしても仕方ないのだが、中学生の分際でもあの当時に観ておけば良かったと思っている。
冒頭から、様々なシーンで歌い継がれてきた“Singin' in the Rain”が紹介され、1929年の『ブロードウェイ・メロディ』がMGMミュージカルの幕を開ける。
改めて『雨に唄えば』という映画を作ったジーン・ケリーの熱い思いには感動してしまうのだが、1936年製作の『巨星ジークフィールド』の信じられないような豪華なセットを見ると、改めてハリウッドの、いやアメリカの国力に打ちのめされてしまう。
ありきたりな言い方だが、アメリカを相手に戦争を仕掛けた(仕掛けられた?)我が国の政治家、軍部が途方もない暴挙だったのだ。
そして “タップの女王” エレノア・パウエルがアクロバチックなダンスを披露する『ロザリー』を見せておいて、彼女がフレッド・アステアとコラボする 『踊るニューヨーク』へと繋げる編集の巧みさ。
エレノアとアステアのタップダンスの場面を観ていると、中学の時に『雨に唄えば』と『水着の女王』が最大の見せ場などと決めつけていたことが、今さらながら恥ずかしくなってしまうではないか。
MGMの全盛を語るナビゲーターとして登場する老境のスターたち。
フランク・シナトラ、ジーン・ケリー、ミッキー・ルーニー、フレッド・アステア、ビング・クロスビー、エリザベス・テイラー、ジェームズ・スチュアート、ドナルド・オコナー・・・。
彼らは故人となっていたクラーク・ゲーブル、ジュディ・ガーランドたちを語っていくのだが、その背景には朽ちかけて今にも取り壊されつつあるスタジオがあり、次々と紹介される煌びやかなフィルモ・グラフィとのギャップはそれだけで栄枯盛衰の感慨を誘う。
彼らが、1974年現在から1930年代〜1950年代にかけてのMGMの栄光を語りながら、過ぎ去りし金字塔を懐かしむ以上に、『ザッツ・エンタティメント』の製作から時間は流れ、想い出を語るスターたちもライザ・ミネリを除く殆どが既にこの世を去っている。
そして『ザッツ・エンタティメント』を郷愁を以って喝采の拍手で迎えたであろう観客の多くも、鬼籍に入ったことだろう。
そう思うとこの映画は人生そのものではないかという気がしてくる。
2012.4.24 TOHOシネマズみゆき座
- 沫や! 【5.12横浜スタジアム】
-
2012.05.13 Sunday
沫やと書いて「あわや」と読む。
「あわや、ホームランかという大きな当たり」など、実況でよく使われる言い回しだ。
因みに泡沫と書くと「うたかた」と読める。ニュアンス的に「沫や」とは、成し遂げようとした側に寄り添う言葉なのかもしれない。
「あわや大惨事」などともいうが、「三浦大輔、あわやノーヒットノーランか!」という表現で今日の試合はまとめることが出来るだろう。
今季は、貯金のあるチームの応援に球場へ来ている筈なのに、なかなか勝てない。
それも、マートンがライト前ゴロを後逸してフェンスまで転々とする場面や、
能見の一塁トスがとんでもない悪送球となってしまう場面など、
ちょっと信じられないような走者一掃の珍プレーを目の当たりにしてきた。
そして今日は、八回終了まで三浦に無安打無得点に抑えられていたタイガース。
いよいよあと3つのアウトでノーヒットノーランの大記録を献上することなる。
浜スタの空気が次第に騒然としてくる中で、いやはやエライ試合に来てしまったものだと嘆きつつ、運の悪さもここに極まったかと、、、。
しかしかなりの屈辱感のうちに九回表の桧山の打席を見ていたのかといえば、
実は正直にいえばそれほどでもなかった。
むしろ相手が三浦ならばそれはそれで仕方なかんべと思っていた。
心情としては6年前にナゴヤで山本昌にノーヒットノーランを喫した時と似ているか。
山本昌と三浦はタイガースにとって二大天敵ともいえる相手だが、
私はこの二人はどうしても憎めない。
実家は茅ケ崎で日大藤沢高校出身の昌と、弱小ベイスターズの孤高のエース、三浦。
昌に喰らった記録なら、三浦にもくれちゃれと半分ヤケクソにもなっていた。
もし相手が内海や澤村だとしたら、もう怒髪天を衝いていたところだろうが。
しかし三浦の出来はそんなに良かったのだろうか。
とくに先頭の鳥谷にストレートのフォアボールを与えるなど、立ち上がりは悪かった。
金本を敬遠して、二死一二塁の場面で新井を迎えたときもボールが3つ先行する。
捕まえるのならここだった。
ここで捕まえることが出来なかったら徐々に修整してくるのは、長年、三浦を見て予測がつく。
新井はスリーボールからストライクを取りに来た球をあっさりと見送ってしまう。
そして、フルカウントからボールになるスライダーを引っ掛けてピッチャーゴロ。
とくに岩田が投げている時の新井はやらかしてしまうことが多いが、それは新井自身もよくわかっていることだろう。
岩田のために何とかしてあげたいという気持ちが空回りしているのだとしても、
やはりここは結果を残してほしかった。
その岩田もどうもピリっとしない。
ランナーを出しても粘りのピッチングで抑えているのだが、
思っていた以上に修整してきた三浦と比べて、いつまでも悪いなりの投球を続けている。
案の定、六回の裏に吉村に痛打を浴びて2点を献上してしまうのだが、
敬遠で歩かせた走者を返してしまうほど歯痒いものはないのだ。
大記録がかかった九回の表。
桧山がヒットを打ち、平野が返してようやく一矢を報いたのだが、
負けたのにもかかわらず球場を後にする虎党たちの「ほっ」とした表情が、
今日の試合のなんたるかを物語っていた。
◎5月12日(土)|DeNA8回戦(横浜)14:00開始/21670人/2時間28分
先発:岩田×三浦|スコア:1-2|勝:三浦/負:岩田
※Tigers DATA Lab.
- ゼロの昇天 【4.30東京ドーム】
-
2012.05.07 Monday
球場観戦の中でも三連戦の3つ目は少し特別な気がする。
144試合を闘うわけなので、3/144にどこまで拘る必要があるのわからないが、
その三試合の区切りが繰り返されてペナントレースは進行していくのだから、
やはり節目の三試合の勝敗はどうしても気になってしまう。
3つ目の試合は前の2つを取っていれば、3タテへの期待感がある代わりに、
負けたとしても「なかなか3タテは難しい。ま、勝ち越したので良しとするか」などと、
試合に負けた悔しさの中でもどこかで割り切ることは出来る。
更に1勝1敗で迎えた3つ目となるとちょっとした決戦ムードとなって、
球場へと向かう観客たちの足取りにもどこか意義込みが伝わってくるようだ。
そして前2戦を落としての3つ目にはかなりの悲壮感が漂う。
もし負けてしまえば、3ゲーム差が開くが、勝てば1差で済むというのも大きいが、
何よりも3タテを食らってしまったという屈辱感がある。これはどうしても避けたい。
さて本日の東京ドームは宿敵・巨人に2連敗した後の3つ目の試合。
シーズン序盤とはいえ、絶対に落とせない試合となった。

去年は思うところがあって東京ドームでの観戦は自粛していた。
必然的に去年の新人王・澤村…フルネームわかんねぇな…その澤村某を私は初めて見る。
確かにストレートも変化球も同じフォームから繰り出され、
どちらの球種も一級品なので、様々な局面で攻めの投球が出来る投手ではある。
フォームが安定しているので制球が乱れることは少ないだろうし、威圧感もある。
そもそもこんな逸材がドラフトで巨人以外の指名なしというのがおかしかった。
中央大監督の巨人OB・高橋善正に巨人以外は絶対に行かないと猛アピールさせ、
提携先のヤンキースのスカウトを招聘してメジャー視野をちらつかせて競合を牽制。
それをまことしやかに読売新聞が書き立てたものだから他球団は競争を回避する。
相変わらず、欲しい人材を獲るのに巨人はあからさまな手段を用いてくる。
先日の杉内とは違って、この澤村だけには絶対に勝たせてはならないとは思うのだが、
残念ながら今季のタイガース打線は湿りきっている。
これだけ振りが鈍くてチャンスに弱ければ、誰が投げても相手投手は一流に見えてくる。
案の定、六回まで僅か一安打で手も足も出ないが、七回に唯一のチャンスが訪れる。
ところが新井のセンターオーバーで、一塁から鳥谷が駆け込んでタッチアウト。
千載一遇の得点機会に久慈コーチャーの腕が思わず回ってしまった場面だ。
ノーアウトにもかかわらず何故、鳥谷を突っ込ませたのだといいたいところだが、
実はいわれるほど巨人の連携が良かったとは思っていない。
長野のスローは早かったが、藤村への返球はワンバウンドになっていたし、
少なくとも甲子園ならば楽勝でセーフだっただろう。
結局、久慈も鳥谷も東京ドームの狭い右中間とよく跳ね返るフェンスは計算外だったか。
それでも無死二塁三塁で金本だったらどうなっていただろうと想像してしまう。
我々はどうしても結果論しか見えず、その結果論から派生される想像(妄想?)で遊ぶ。
しかしこの遊びに興じはじめるとロクな試合ではないという証左でもあるのだ。
結果としては0-0のドローで試合終了。
何と長いTG戦の歴史の中でもゼロゼロは69年ぶりなのだそうだ。
これはまた、我ながら珍しい試合にぶち当たってしまったわけだが、
観ている間はとてもそんな悠長なことを思う状態ではなかった。
何せ絶好のチャンスを逸した直後の七回裏、一死満塁の大ピンチを迎える。
もうメッセンジャーに念を送りまくり、小笠原には邪念を飛ばしまくった。
「低く攻めて、最後は高めで凡フライを取れ」などと、冷静には観ていられない。
ひたすら念を送る。血圧はおそらく160を超えていたのではないか。
更に絶体絶命のピンチだったのが九回裏。今度は無死満塁でマウンドに榎田一樹。
なにせ三塁走者を返した時点で試合が終わる。下手をすれば10秒で終わる。
気持ち良く打たれて終了よりも、サヨナラ押出しや暴投の絵が浮かんでしまう。
極端な前進守備には何やら悲壮感も漂い、それに被せてくる巨人ファンの大合唱。
その強烈なストレスに念を飛ばす体力も尽き、もはや祈るのみだった。
とにかくサヨナラの瞬間に歓喜の橙タオルが回される光景だけは避けたい。
正直にいえばメガホンをバックにしまい、腰を浮かせて撤収の準備は万全だったのだ。
しかし「優勝を味わってみたい」と移籍したベイスターズ不動の四番だった村田修一。
よもや送りバントを命じられるなどとは思っていなかっただろうし、
8番という打順に甘んじていたガッツ小笠原には満塁で代打を送られてしまう。
何故YGのユニフォームというのは輝いていた男たちの輝きを消してしまうのだろう。
私にいわせればこういう戦術は外道でしかない。外道には無得点こそが相応しい。
それにしても自ら招いたピンチだったとはいえ、榎田も本当によく凌いだ。
ゲームセットの瞬間に4万4千人分の徒労感がドッと押し寄せてくる。
毎度、こんなハラハラ・ドキドキの血圧が昇天しそうな試合では身が持たないが、
こういう緊張感こそが野球の醍醐味だとも思ってしまう。本当に困ったものだ。
◎4月30日(月)|巨人6回戦(東京ドーム)14:00開始/44799人/3時間32分
先発:メッセンジャー×澤村|スコア:0-0
※Tigers DATA Lab.
- 能見、一人相撲 【4.28東京ドーム】
-
2012.05.01 Tuesday
私はHPの『日めくり』に以下のようなこと綴った。
「とにかく昨年の開幕日をめぐるナベツネ、高鼻の世情を顧みぬ尊大な言動。
ドラフトで外した菅野のあからさまな囲い込み。
日本シリーズに冷や水を吹っかけた「清武の乱」。
札ビラで横っ面を引っ叩いたような大型補強。
開幕前の吉伸や慎之介、野間口たちへの裏契約金暴露騒動。
とにかく傲慢で強引なやり口で、すっかり世間を白けさせていた読売巨人軍。
こんなチームに天誅を食らわす正義の虎を見届けに出掛けたつもりだが、
結果は完敗。あろうことかうちのエースが自滅した。
オレンジタオルを嬉々としながら振り回す場面を何度も見せられる。
自分の周囲だけが不快指数MAXになったような東京ドームだった。」
去年の開幕戦から一年間。読売巨人は箇条書きで書けるほどのことをやらかしてきた。
まぁ大型補強、裏金などは多かれ少なかれ阪神球団もやってきたことなのだろうが、
今回はこういうことが露わにされていく過程がまったく不細工だった。
とくに「清武の乱」は日本シリーズの直前に勃発し、しばしスポーツ紙の話題を独占した。
楽天の嶋捕手が「見せましょう、野球の底力を」と感動的なスピーチで開幕したプロ野球。その集大成たる日本シリーズをスキャンダルで汚した罪を絶対に許すことは出来ない。
(そこで日本シリーズを二面に追いやったマスコミも程度が知れるのだが・・・)
私はもともと自他ともに認める極端な巨人嫌いではあるのだが、
とにかく今年だけはこんなチームに絶対優勝させてはならないと思うのだ。以上。

さて試合は能見と杉内の投げ合い。
杉内俊哉は巨人の大型補強の目玉だ。
2003年の日本シリーズでMVPを獲られて以来の阪神タイガースの天敵。
それも含めてソフトバンク時代の杉内との対戦成績は1勝7敗。
昨年も福岡と甲子園で見事に捻られている。(Tigers DATA Lab.)
交流戦ならば年に2試合の脅威で済むが、巨人に移籍されたとなるとそうはいかない。
前回の甲子園ではスミ1を守ってなんとか辛勝したが、あの時の巨人打線とは違う。
しかし「打倒巨人」の思いにカッカしていた私。
杉内登板でいきなり怒りのテンションは弱まってしまう。
天敵が相手だからではない。なにせ杉内俊哉というスターを観るのは初めてのことで、
テレビでしか見たことがなかった彼のマウンドを生で見られる興味が先に立ってしまう。
日本球界を代表する左腕がたまたま巨人のユニフォームを着ているだけに過ぎず、
実際、マウンドの杉内の佇まいからは一切の巨人臭が漂ってこないのだ。
だからどうしても杉内主観で試合を観てしまう。
正直これにはかなり機先を制されてしまった。
一方、能見もいわずと知れた巨人キラーだ。
今夜は息詰まる投手戦の予感を抱きながら東京ドームに乗り込んだ次第。
その「息詰まる投手戦」の予感は初回から瓦解する。
一回表。先頭安打で出たマートンを金本のタイムリーで還し、あっさりと先制してしまう。
湿っていた打線が、五番・金本起用で早くも功を奏した形となったわけだが、
この先制点で「今夜は荒れるのか?」という予感が脳内で上書きされてしまい、
残念ながらこちらの予感の方は嫌な方向に的中してしまうことになる。
能見の立ち上がりはスタンドから観ていても良くないのがわかった。
ボールのキレよりも、身体のキレがまったく感じられない。
今回のタイトルを「能見、一人相撲」としたが、その一人相撲は初回裏に集約された。
先頭の長野にいきなりツーベースを浴びると、3番坂本にもレフト前に運ばれる。
5番の村田のところでワイルドピッチ。ここで早くも同点に追いつかれ、
吉伸のPゴロの打球処理を焦って一塁にとんでもない悪送球で二人を返してしまう。
いきなりの3失点だがタイムリーはゼロ。すべてが能見の失策についた。
それにしてもブラゼルへのトスがとんでもない悪送球になった瞬間、
私は先日のマートンの後逸と同じポーズで天を仰いでしまったではないか。
打たれての失点は諦めがつくが、こういうのはアホみたいに呆然とするしかない。
続くボウカーには粘られてフォアボール。
巨人打線も今までさんざんと能見を研究してきたのだろうが、
今日は狙い球を絞るのではなく、低めの変化球は手を出すなとの指示が徹底されていたようだ。
何故に「一人相撲」だったのかといえば、この回の三つのアウトはすべて三振。
野手の手を煩わしたのはアウトカウントを取ることではなく、暴投や悪初球の処理だった。
そこから杉内は立ち直ったというよりも、粘りながら徐々に修整してきた感じ。
とくにランナーを出してからは丁寧にコースをついて的を絞らせない。
結果として2-7の惨敗だったが、安打数は巨人の10本に対してタイガースは9本。
能見は間違いなくセ・リーグを代表する左腕だと思うのだが、
リーグを代表する左腕と球界を代表する左腕との違いはこういうことなのかもしれない。
最も杉内との対決を云々する以前の問題で、能見の「一人相撲東京ドーム場所」という試合だったのだが・・・。
◎4月28日(土)|巨人4回戦(東京ドーム)18:00開始/44427人/3時間08分
先発:能見×杉内|スコア:2-7|勝:杉内/負:能見
※Tigers DATA Lab
- 流れ断ち切れず 【4.21横浜スタジアム】
-
2012.04.28 Saturday
甲子園の中継を観ていると空席があちこちに点在している。
今日の浜スタは土曜日にも関わらず、内野のスタンドに空席が目立つ。
野球人気の低迷は、地上波放送の激減と低視聴率が根拠のようにいわれ、
その反証で観客動員の好稼働があげられていたが、それもどうも怪しくなってきた。
相手側の外野応援席まで虎ファンが浸食する現象は単なる阪神バブルだったが、
少々天気の怪しい週末だとしても2万人そこそこの動員はやはり寂しい。
それでも昨夜のような試合をやっていれば仕方ないことか。まず当日券が伸びない。
大阪でのDeNAベイスターズとの開幕カードは1勝1敗1分という結果だったが、実は3タテ食らう目もあり、今年のベイはやるかもしれないなどとも思っていた。
ところが対戦相手が一巡した段階で、タイガースは首位戦線に留まり、ベイは前田健太にノーヒットノーランを記録されるなど大きく躓いてしまう。
野球は始まってみないと分からないという典型だろうが、ここまでのタイガースは強い勝ち方をした試合が随分と少ないなという印象もある。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という野村語録があるが、どうもタイガースはそんな不思議な勝ちを拾っていた気がする。
昨日の勝利で中畑ベイスターズはようやく本拠地で片目が開いたらしい。
タイガースは残塁12。相手がお膳立てをしてくれているにも関わらず、あと一本が出ず、ブラゼルの走塁ミスもあって非常に不細工な敗戦を喫した。
今日は試合前にセカンド付近でベースランニングを反復するブラゼルの姿があり、
外国人助っ人とはいえ最低限のことはやるものだと、まずはひと安心。
そして、ブラゼルのその反復練習の成果がいきなり出る。
二回の表は金本のライト前ヒットではサードまで駆け込み、
三回はマートンの2ベースで一塁から一気に迫力満点の本塁生還。
昨日の失敗があったからこその先取点。この「流れ」は非常にいい。
普通ならばチームは乗っていく。
「負けに不思議の負けなし」はその通りだろう。
結果的に今日も11残塁。敗戦の理由は不思議でもなんでもないのだが、
昨日、今日と「流れ」は絶対に来ているのに点が入らない。
ベイは二度の本塁タッチアウトにゲッツーを焦ってセカンド悪送球。
連日、勝利へのお膳立てをしてもらっているのに、流れが来ないのは不思議といえば不思議だった。
それにしてもマートン。
打球がグラブをすり抜けてボールがフェンスまで転々としたとき、
「あっちゃー」とスタンドで思わずのけぞってしまった。
そもそも自らのタイムリーでブラゼルの大激走という場面を演出したばかりだ。
普通、この直後にああいうプレーは出ないものなのだが。
こういう不思議が邪鬼の如く顔を出すあたりは、まだまだ弱いということなのだろう。
ま、昨年の浜スタ第一戦のコバヒロによる「四球・四球・死球・暴投・痛打」よりマシか。
そういう「去年よりマシ」と思う心が邪鬼を呼び込むことになるのだが。
◎4月21日(土)|DeNA5回戦(横浜)14:00開始/21506人/3時間22分
先発:スタンリッジ×小杉|スコア:3-4|勝:小杉/S:山口/負:スタンリッジ
※Tigers DATA Lab
- 仇花の一発なれど 【4.1京セラドーム大阪】
-
2012.04.26 Thursday
試合開始前、今日は負けないだろうと楽観していた。
予告先発は岩田。昨季はチーム一の2.29の防御率を残しながら9勝13敗。
もともと二桁を目標とする投手ではないのだから、さぞ悔しい思いをしたことだろう。
今季はオープン戦からきっちり中6日で調整してきた。
とくに一週間前の東京ドームでのシアトルマリナーズ戦では、内角を突かなくとも打者のタイミングを巧みに外し、イチローのバットをへし折って内野ゴロに仕留めた場面など、メジャーリーガーを相手にマウンドの岩田が頼もしく大きく映ったものだった。
この日の岩田も序盤3回をパーフェクトに封じ込め、万全の仕上がりを感じさせる。
ところが四回二死から連続ヒットを浴び、新井の痛恨のタイムリーエラー。
また援護なく足を引っ張られてしまうとの予感が岩田の脳裏を霞めたのではないか。
狂ったリズムを修復することなく、ボールが真ん中に吸い寄せられて痛打を浴びる。
マウンドを降りる際、近くの放送ブースの声が空しく響く。「岩田、失点4」と。
七回表を終了した時点で0-6。三浦の出来を考えれば今日の敗戦は確定か。
「ったく、大阪まで乗り込んで三浦の好投を観せられるとは…」と嘆きながらも、
6点目をスクイズで取りに来た中畑の小賢しい采配に、すっかり気分も萎えていた。
七回裏。出し抜けに金本のバットが火を噴く。
本当に「出し抜け」の一発だったし、まさに「火を噴いた」先の閃光だった。
もうこのホームランが見られたのなら大阪まで来た甲斐もあったというもの。
結果として2-6の負け試合。今は悔しいが、勝敗など簡単に記憶の藻屑と消える。
しかし京セラドーム大阪というロケーションに、投手が三浦という役者の良さもあって、
金本の打球がライトスタンドに突き刺さった瞬間の記憶は半永久的にとどまるだろう。
これはそこそこの歳月で野球を観てきた経験則が教えてくれる。
2003年の阪神球団の公式BBSでネットの面白さを知ったときのことを思い出す。
あの時は虎キチの多くが「金本よ、阪神を変えてくれてありがとう」と叫んでいた。
でも、あの当時で既に35歳を越えて、金本がユニフォームを脱ぐ日がそれほど先のことではないという不安を潜在的に抱いていた。
あれから9年。赤星、濱中、矢野、片岡が引退し、今岡、藤本が縦じまを脱ぐ。
結局、2012年の開幕スタメンには金本だけが残っている。
移籍して9年の歳月の経過で、肉体の衰えを指摘され様々な批判も浴びた。
しかし今まで球場で40本ほどの「アニキの一発」を体感してきた中でも、
今日のホームランの力感は全盛期とまったく変わるものではなかった。
この先、一本でも多く、金本の一発に遭遇できるのだとすれば、
それは非常に有難いことだと思っている。
たとえ、仇花の一発だとあろうとも。
◎4月01日(日)|DeNA3回戦(京セラドーム大阪)14:00開始/32016人/3時間18分
先発:岩田×三浦|スコア:2-6|勝:三浦/負:岩田
※Tigers DATA Lab.
- 和田豊、際どく初勝利 【3.31京セラドーム大阪】
-
2012.04.23 Monday
二年ぶりに来阪して観る開幕カード。
深夜バスの寝苦しさに悶絶しながら着いた大阪は土砂降りだった。
宿泊予定の西梅田のホテルへ荷物を預けて天満宮へ。
雨をしのぐため身を寄せた天神商店街はまだ開店前でシャッターが並ぶ。
天神様に手を合わせながら急逝した仲間を偲び、ゆかりの繁盛亭、白米稲荷を歩く。
色々な思いが交錯した今年の大阪は忘れられない遠征になるのだろう。
渡すはずのチケットは、遺影の飾られた祭壇に供えてきた。
昨日の開幕戦は勝たなかったし、負けなかったという試合。
常識的に考えれば、能見が投げて、球児まで繋いで星を逃したのだから「負け」か。
オープン戦は惨憺たる成績で12球団の最下位だった我がタイガース。
一方、東京のマスコミでは中畑が元気一杯に一面を飾っていたベイスターズ。
どうもその勢いのまま、濃紺のユニフォームの方が躍動感に溢れている。
スタンリッジの制球力も今イチで、カウントを不利にしてストライクを取りに行ったボールを弾き返され、早くも初回に点を失う。
チラと見たOP戦の登板も良くなかったが、昨年の後半から調子は落ちたままなのか。
2か月連続で月間MVPを獲った昨年前半は、カーブ、スライダーを生かすべくストレートが走りまくっていた印象だったが、その威力は完全に影を潜めている。
そして開幕まで最低のチーム打率だった打線も相変わらず湿っていた。
六回表に追加点を獲られ2点差となった時点で、一安打だけのタイガースに対して、ベイは既に8安打。
中盤まで完全に主導権を取られたままで、重苦しい展開が続く。
双眼鏡で配球を観察していた虎友は、「緩急つけられて最後に緩い球でやられとる」と。
思えばこの彼とも9年前に阪神球団の公式BBSで西と東とでエールを送り合った仲だ。
こうして肩を並べて観戦していることもなかなか感慨深いものはあった。
そうはいうものの、せっかくの機会にこちらは強行日程が祟り、時々舟を漕ぐ始末。
油断していると眠りに落ちかけて、歓声に「ハッ」とする体たらくだ。
新井がドンピャシャのタイミングでボールをぶっ叩く。
やはり四番の仕事はこうでないといけない。
試合後のお立ち台では「どんな気持ちでバッターボックスに入ったか?」と聞かれて、
「気合い全開で入りましたと」と答え、「打った瞬間はどうでしたか?」の質問には、
「ホッとしました」と正直にいってしまう真面目ぶり。タイガースの四番は大変だ。
それと金城の一二塁間を抜けるという当たりをダイビングキャッチした城島。
後々、3月31日の開幕2戦目ってどんな試合だっけとなった時、
この二つの場面で脳内に沈殿した記憶を引っ張り出すことは可能だろう。
なにはともあれ和田豊、辛勝なれど初勝利を飾った。
◎3月31日(土)|DeNA2回戦(京セラドーム大阪)14:00開始/32830人/3時間33分
先発:スタンリッジ×ブランドン|スコア:3-2|勝:スタンリッジ/S:藤川/負:ブランドン
※Tigers DATA Lab.
- イチローが来た! 【3.25東京ドーム】
-
2012.04.17 Tuesday

一ヶ月も近くも前の試合観戦記を書くのはしんどい。
しかも、ちょっと観戦記どころではなかった諸々の出来事があり、
それでもここ数年間せっかく続けて来たのだからという思いもあり、
つまりはその辺りの葛藤をぐちゃぐちゃと巡らせながら時間が過ぎていき、
時間が過ぎれば過ぎるだけ失われていくのが記憶というもの。
我が阪神タイガースがシアトルマリナーズと対戦した東京ドーム。
脳裏にかろうじて引っ掛かるのは----
打席に入ったイチローにスタンドから浴びせられる無数のフラッシュ。
そのイチローが見上げるしかなかった金本のライト上段に飛び込む一発。
川崎宗リンの嬉々としてグランドを駆け回っている姿。
淡々とメジャーリーガーたちを手玉にとる岩田。
そして試合後に関東在住の虎党たちと過ごした楽しいひととき。
幸いにして試合経過は簡単にネットから引っ張ってこれる時代。
試合経過を辿って行けば、あの時のあの場面は蘇ってくる。
ただそれは小説を読みながら場面を想像するのと同じで、
実像がひどくあやふやな、現実感の薄い茫洋とした風景のようにも感じられる。
「イチロー〜スズ〜キ」というコールがドームに轟く。
日本人にとって、最大級のスーパースターだ。
イチローが出演する広告の看板が常設され、ビジョンには別のCMも流れる。
おそらくマリナーズナインは改めてイチローの凄さを思い知ったはずだ。
大きな体躯のメジャーリーガーたちの中では圧倒的に細身ながらも、
やはりスーパースターから滲み出る色気は半端ではない。
最初の打席で三塁線を突破するもその後はノーヒット。
岩田にバットを折られる場面もあったが、やはりそこは親善試合だ。
オリックス時代のイチローを一度でいいから見ておくべきだったと思う。
試合はタイガースが快勝した。
◎3月25日(木)|シアトルマリナーズ (東京ドーム)12.08開始/42137人/2時間48分
先発:岩田×ノエシ|スコア:5-1|勝:岩田 /負:ノエシ
- 映画 『 ドラゴン・タトゥーの女』
-
2012.03.01 Thursday
スティーグ・ラーソンの原作『ミレニアム』は、現在三部作目を絶賛読書中だ。
先に本国のスウェーデンでは映画化済みということで、本作はデビット・フィンチャーによるハリウッドリメイク版ということになっている。
実は細かいカットを矢継ぎ早に繋いだ予告編を観たときに、へんてこりんなアレンジの「移民の歌」が流れているのを聴いて一抹の危惧は抱いていた。
何というか、Zepのスピリットをガチャガャに混ぜたようなサウンドがこのハリウッド版のキワモノ感を象徴しているような気がしていたのだ。
ミカエル・ブルムクヴィストにダニエル・クレイブ、リスベット・サランデルにルーニー・マーラーという配役。
原作のイメージからするとダニエル・クレイブのミカエルはない。
私は原作を読んでいてミカエルのイメージは(年代は違うが)ずっとマイケル・ジェイストンのイメージだった。
本来のミカエルはピュアだがジャーナリストとして熱い正義感を持つ明るいキャラクターであり、ダニエル・クレイブにはその間逆のイメージがある。
もちろん映画は必ず原作小説を忠実に踏襲する必要はないし、加賀恭一郎=阿部寛とは違って、私が現在進行形で読んでいる『ミレニアム』のミカエルにダニエル・クレイブの面影をちらつかせてしまうこともない。
もともと映画は映画としての世界観をしっかりと持つべきであるというのが持論だ。
原作のミカエルとリスベットの取り合わせは文系と理系のアンバランスさが妙な雰囲気を醸し出しているのだが、映画はストレートにダニエル・クレイグのクールな佇まいとエキセントリックなリスベットを対比させて静と動のコントラストを演出する。
その狙いもわからないではない。従ってダニエル・クレイブの起用もありだとはともいえる。
もちろん「ミレニアム」編集室の作りも編集長のエリカもイメージとは程遠いし、リスベットをレイプする破廉恥な弁護士はあんなデブとは違う。
ミカエルが絶体絶命の危機に陥る拷問部屋のイメージはもっと暗かったはずだし、ましてリスベットの上司、アルマンスキー社長は恰幅のいい禿げ頭でなければならず、『ER』のDr.コバチが出てきたときにはズッコケたりと、そんなことを気にしていてはキリがない。
こんな具合になまじ原作から映像を作ってしまうと映画とのギャップが気になってしまうもので、本来なら映画を観るときはきっぱりと原作を忘れて臨むのが正しいのだろう。
しかし私が本当に危惧したのは、果たしてデビッド・フィンチャーの資質が長編の原作ものにきちんとアジャスト出来るものかどうかにあった。
実際、文庫本レベルで1000ページ超の原作を158分の尺でまとめるのは難しい。
下手をするとストーリーだけを追いかけたダイジェスト版みたいな映画になりかねず、MTV出身のデビッド・フィンチャーだとスピード感を信条とするあまり、そういう拙速極まる絵にしてしまう恐れも十分にあった。
そんな悪い予感は当たってしまったということだろうか。
『ベンジャミン・バトン』は見逃しているが、ここには『セブン』の革新も、『ファイトクラブ』の創造も、『ソーシャルネットワーク』の独善もなく、『ドラゴン・タトゥーの女』は妙に匂いのない映画に仕上がってしまっている。
結果的には原作の大きな魅力であったジャーナリズムの高貴な精神性と、スウェーデンへの土着と負の歴史のパートをすっぽりと飛ばし(ついでにオーストラリアへのロケも止めて)、ミステリーの部分だけをかろうじて完結させたような映画になってしまった。
しかし『ドラゴン・タトゥーの女』そのものが二部、三部への伏線として、キャラクターの紹介に徹したとすればこういう作り方も納得できないではない。
これからリスベット・サランドラを全面に押す映画にするつもりならば、ルーニー・マーラーの出だしは悪くないと思った。
余談だが、エンドクレジットで分かったのだが、ミカエルに事件を依頼するヘンリック・ヴァンデル老人をクリストファー・プラマーが演じていたことには驚いた。いわずと知れた『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐ではないか。
映画館から離れていると思わぬ人と出会って面食らうことがしばしばあるものだ。
2012.2.25 109シネマズグランベリーモール
- 映画 『 麒麟の翼』
-
2012.02.18 Saturday
被害者は腹部を刺されたまま8分間も歩き続けた後に、日本橋の翼のある麒麟像の下で力尽きていた。なぜ、誰の助けも求めず、彼は一体どこへ向かおうとしていたのか。一方、事件の容疑者、八島冬樹は現場から逃亡しようとしたところを車に轢かれて意識不明の重体だった。報せを聞いた八島の恋人、中原香織は、彼の無実を訴えるが・・・。
スクリーンの大きさを掴みきれていないテレビスタッフにありがちな平板な映像。電気的に思えるのは、35mのプリントではないからだろう。
日本の映画会社が映画を撮ることはなく、テレビ局が制作した映画を全国の映画館に配給するのが仕事になって久しい。ポスタータイトルは『麒麟の翼〜劇場版・新参者〜』だが、メインタイトルは『麒麟の翼』。
今や主流となっているテレビシリーズの劇場版で、制作はTBS。映画興行でトントンの成績であれば、後は劇場公開作品の箔付けで放映時にたっぷりと儲けられるという仕組みなのか。
映画会社にとってテレビ局は重要なスポンサーなのだからあまり文句をいってはいけないのだが、それでも以前はテレビ局が出資する映画でもきちんと映画監督が撮っていた。それだけ撮影所にはテレビディレクターにおいそれと足を踏み込ませない結界が敷かれていた。結局、この風潮はデジタル時代を迎え、誰でも映画が撮れる時代となり、昔の撮影所システムが消滅したという証左なのだろう。
・・・それにしてもスクリーンを見つめながら放映時にはここでコマーシャルが入るというタイミングまで見えてしまうのは如何なものかと思うのだが。
それでも無難にエンディングまで観ていられたのは、骨子のしっかりとした原作を得て、ストリーが澱みなく流れていたことと、阿部寛という大画面に耐えうるだけの絵面をもった俳優の力なのだろうと思う。
阿部寛といえば、日本人離れした体躯と甘いマスクで本人曰く「フェラーリで乗り付けるだけの二枚目」から完全に脱皮して、今や日本の演技陣を牽引するほどの活躍を見せているが、その転機となったとされるつかこうへいの舞台『熱海殺人事件/モンテカルロイリュージョン』を昔、パルコ劇場で観たとき、いくらなんでもあんな木村伝兵衛はないだろうと思いながらも、つかこうへいに徹底的に鍛えられ、必死に殻を破ろうとする阿部寛のドキュメンタリーに触れたような鮮烈な感銘を覚えたものだった。
この『麒麟の翼』での加賀恭一郎という刑事役に阿部寛自身がどれだけの手応えを感じているのかはわからないが、上手く映画のトーンに溶け込んでいたことに感心する。喜怒哀楽の少ない役柄で完全無欠の主役というのは想像以上に難しい仕事だったのではないだろうか。これで加賀恭一郎といえば阿部寛というイメージは完全に出来上がってしまった。
原作はいわずと知れた東野圭吾。加賀恭一郎ものは『新参者』しか読んでおらず、『麒麟の翼』は文庫待ちの状態ではあったのだが、原作を読まずしても東野圭吾のプロットの作り方巧みさは十分に窺うことができる。
日本橋という江戸時代からの中心地でありながら(だからこそか)大都会と古くからの下町情緒が混在する街並みの空気感に、その地ならではの現象と人間模様を巧みに取り入れた物語作りの上手さはさすがといったところだ。
私は東野圭吾の本を読むたびに感心するのは、物や人から浮かび上がるあらゆる要素を物語にしてしまう発想力にある。
この物語でいえば日本橋に翼の生えた麒麟の像があり、周辺には七福神の寺があり、とくに水天宮は安産と水難除けの神様として有名であるという要素が紡ぎ出され、それを組み合わせて感動のミステリーに仕立ててしまう発想は見事だとしかいいようがない。
監督の土井裕泰はTBSのエースディレクターとのことだが、映画としてのクオリティにはやや欠けたとしても、「原作に忠実に作られていることに感動した」という東野圭吾のコメントにあるように、監督なりの新解釈を盛り込んでやろうなどと妙なヤマっ気を起こさず、原作の流れに任せたのは正解だったのだろう。
どうでもいいような場面に顔の売れている俳優を起用するなど、テレビ局が作った劇場映画らしい悪癖は垣間見えるものの、おそらくテレビ放映時にはもっと完成度があがって見えるに違いない。
2012.1.30 TOHOシネマズ渋谷